新潟交通モハ16+クハ39

更新:2020.12.26

作者:RRマイスター氏

東関屋駅構内のモハ16  撮影:私 1990年8月頃

モハ16には初代が存在しました。1947年6月に新潟交通オリジナル新造車でした。しかし当初から故障が多く1950年8月に非電送化されクハ36になりました。そこで1956年1月国鉄モハ1924(伊那電気道買収車)を譲渡され2代目モハ16が誕生しました。しかし国鉄型とは言え実際は1969年に西武所沢工場で小田急デハ1409の車体にブリル27MCB、WH・MB556-J6電動機を装備したものでした。貫通路は埋められて正面中央窓は拡張されHゴム化されました。1990年3月に検査切れのために休車になりましたが、1993年8月1日燕ー月潟間の廃止が決まりついでに廃車されました。クハ39は1927年日本車輌製の武蔵野鉄道サハ2322がベースである西武鉄道クハ1214を1963年に譲渡されて誕生しました。客扉が3扉車は元小田急2229と共に唯二の車両でした。老朽化により1985年6月末に廃車しました。
そもそも新潟交通電車線は赤字がかさみ経営が苦しい中、西蒲原地方の大切な足となっていました。1984年3月21日全線CTC制御化で合理化を図りましたが赤字額の増大、利用者の大幅な減少により1989年から部分廃止を繰り返して、白山前ー東関山が1992年3月20日に廃線、燕ー月潟間が1993年8月1日、そしてついに1998年3月末で全線廃線になりました。嗚呼

モハ16とクハ39はキッチンNのキットを組み立てたものです。モハ16は両運転台型で、ワンマン仕様のためにバックミラーが前面左右の脇に取り付けられています。白山前ー東関山間の路面軌道の為大型の排障器がつけられています。動力ユニットはキッチンの15-100タイプ中型動力を使用しました。動力台車と車体の間の隙間が広いので動力ユニットが丁度適当な位置に納まるように車体内部の取り付け爪(プラ板)を作りました。

クハ39はモハと同様にキッチンのキットの組立です。ヘッドライトはタヴァサ製。

パンタグラフはトミックスPS15を搭載。前照灯と前照灯ステー又屋上の手スリ、ワイパーとテールライトレンズ、乗務員ステップもタヴァサ製です。連結器はトミックス自動連結器を使用しますが車端部に5mm程のプラ材を台座にしてタヴァサのPK006STNカプラー用ポケット(短枝)を利用し、台座はネジ止めにしました。

お椀型ベンチレーターはRRマイスター氏のオリジナルです。 床板と床下機器、台車はトミテックの鉄コレからのコンバートです。ただ車輪は鉄コレ用の金属車輪セットを利用しました。連結器はモハと同様にタヴァサのTNカプラー取り付けポケットを使用しました。屋根はGMNo35「ダークグレー」、窓廻りは黄かん色、裾と雨トイは緑14号のいわゆる「かぼちゃ電車」塗装です。社紋・車番は新潟交通インレタを使用しました。